北京お土産話③~「都一処」の焼売

 毎回、北京に帰ると、必ず北京の有名な観光地である「前門」にある「都一処」を訪ね、焼売を満喫する。
 
 都一処は、乾隆三年(西暦
1738年、清の時代)に創業。はじめは「王記酒舗」という店名で、山西省出身の王瑞福が始めた。

 「都一処」の扁額についてはいわれがある。乾隆十七年(西暦1752年)、乾隆帝がお忍びの旅に出て北京へ戻ってきた時、永定門から前門のあたりにやってきた。この日はちょうど旧暦の大晦日(この年は30日)にあたり、時間も遅く、人々はみな準備した年越し用品を持って帰宅を急ぎ、家族揃って年越しをしようとしていた。ほとんどの店はとっくに閉まっていて、王瑞福の店だけが営業していた。乾隆帝一行3人は店へ入っていった。酒を飲み、料理を食べていた3人の客のうちの一人が店主に聞いた。「この店はなんという名前だ?」王瑞福は急いで答えた。「名前はございません。」すると、客は「こんな時にまで営業しているのは、北京でもここだけだろう。『都一処』と呼ぼう。」と言った。数日後、数人の宦官が「都一処」と書かれた虎の頭が描かれた額を運んできた。そして王瑞福に、「この扁額は乾隆帝が自ら筆を取られお書きになり、賜るものだ。30日の夜ここへ来た3人の客の中であるじの姿をしていたのが、現皇帝であられる。」と言った。この時から、「王記酒舗」の名を改めて、「都一処」となった。


 
「都一処」は、乾隆帝から扁額を賜ってからというもの、商売繁盛で、多くの人が争ってこの額を見に来るようになった。後代には、多くの国内外客が食事して、その後、この扁額の前で記念写真を撮るようになり、こうした光景はずっと続いている。

           

 同治年間(18621874年)に店の経営は王店長から次の世代に受け渡された。そしてシュウマイの種類も増えていった。伝統的なネギと豚肉のシュウマイの他、エビや卵を加えた海鮮シュウマイなどもある。回鍋肉や野菜炒めも加わったが、店の主役はやはりシュウマイである。皮は薄く、わずか0.5ミリの厚さ。蒸すときは雪のように白く、蓮の花のように見た目もきれいに仕上げされる。薄い皮に包まれた中身はたっぷりと新鮮な具材を使い、味も香りも最高である。三鮮シュウマイは卵とひき肉、エビを混ぜ合わせ、椎茸やタケノコも加えて、これで味も香りも一層良くなるのである。また9~10月の期間限定で販売されるカニシュウマイは新鮮なカニの風味が活かされている。ちなみに、都一処の焼売の中に私は必ず注文するのは「野菜焼売」である。カロリーが低く、見た目ですごく綺麗で、視覚・味覚がいつも大満足!


       
 都一処には有名人もたくさん訪れています。日本とも関係が深い郭沫若もその一人。生前、夫人と共によく来店し、1964年には食後に「都一処」の額を書いています。また夫人の于立群も毛沢東主席の詩を高さ2m、幅3mの壁掛けに書いています。

                    
中国語の勉強:
シュウマイ
~烧麦(shao一声 mai 四声)  都一処~都一处 (du一声 yi 一声 chu 四声)
具、あん、中身~馅儿(xian er)     ひき肉~肉馅 (rou四声 xian四声)
椎茸~香菇 (xiang一声 gu一声)     竹の子~竹笋(zhu二声 sun三声)
ギョウザ~饺子(jiao三声 zi軽声)     豚肉~猪肉(zhu一声 rou四声)
白菜~白菜(bai二声 cai四声)

この餃子の中身は何ですか?

这个饺子是什么馅儿的?(zhe4 ge4 jiao3 zi shi4 shen2 me xian4 er de ?)
中身は豚肉と白菜です。
是猪肉和白菜馅儿的(shi4 zhu1 rou4 bai2 cai4 xian4 er de)

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